先日SNS上で、介護事業の介護士さんが、目を離した際に利用者が転倒をして怪我を負ってしまい、その責任について不法行為責任を問われ、家族から損害賠償をされ、雇用主である法人からは、介護士さん自身が100%損害賠償責任を負う旨の念書に署名をするよう求められたというような投稿がありました。
担当者として、家族に対し平身低頭謝罪をし、さらに家族からは謝罪の場で損害賠償すると言われ、雇用主である法人からは、担当者の責任であり法人としては一切責任を持たないとの書面に署名をするよう求められたというあらましになります。
さて、この事故に関して疑問となる点は、雇用主である施設を経営する法人には、使用者としての損害賠償責任は発生しないのか?という点と、事故の内容にかかわらず、介護士さん個人又は事業者に不法行為責任が発生するのか?という点になります。
以上の2点について、法律的な見解を説明したいと思います。
目次
事業者の使用者責任
雇用主である施設を経営する法人に責任は発生しないのか?という点ですが、このブログでも過去何度か触れさせていただいてますが、民法715条は、次のように規定しています。
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行につき第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
介護現場における事故は、当たり前ですが、プライベート中の事故でもなんでもなく、「事業の執行」に起因した事故ですので、当然に使用者である事業者にも損害賠償責任が生じます。
仮に雇用契約上に、「業務上生じた事故については、被用者が責任を負う」との記載があり、被用者に一筆もらっていたとします。その場合であっても、自己の事業のために被用者の指揮命令権を持ち、雇用による会社利益を得ているのであれば、利益のみを受け取り、事業から発生する損害は負担しないという、一方使用者だけに有利となる内容は、信義則に反して無効となります。
ただし、条文にもあるように事業者が被用者の選任・監督に相当の注意をした場合は、責任を負いません。
ですが、裁判所の考える「選任監督の注意義務」とは、容易に認められるものではなく、ほとんど使用者の無過失が認められた例はございません。
ですので使用者は事実上無過失責任と言っても過言ではございません。
※無過失責任とは・・・不法行為において損害が生じた場合、加害者がその行為について故意・過失が無くても、損害賠償の責任を負うということ
事業者側の過失責任
次にもう一つの点である、事業者・介護士さんにはどんな場合でも事故の内容にかかわらず損害賠償責任が発生してしまうのか?という点になります。
転倒事故に関しては、介護事業者の過失を認めた裁判例、過失を認めなかった裁判例共に数多く存在します。
事業者側の過失を認めた例として次の様な例があります。
96歳だった利用者が、被告経営の特別養護老人ホームの短期入所生活介護事業サービスを利用中、転倒して傷害を負い、その後死亡したという事案です。裁判所は、①利用者の足腰がかなり弱っていたこと、②訪問看護記録には歩行状態の不安を指摘する記載があること、③訪問看護計画書にも、「・・・・転倒する可能性が高い」との記載があること、④被告施設も利用者に対して歩行介助を提案していたことなどから、利用者は基本的に歩行中いつ転倒してもおかしくない状態であったというべきであり、被告が本件事故を予見することが可能であったとしました。その上で、被告(施設側)は、利用者が歩行する際、可能な範囲内において、歩行介助や近接した位置からの見守り等、転倒による事故を防止するための適切な措置を講じる義務があったのに、これを怠ったとして、施設側の責任を認めました。
逆の事業者側の過失を認めなかった例として、
当時71歳の利用者が、被告会社の設置、運営するデイケア施設を利用していた際、転倒事故により傷害を負ったとして、利用者の相続人である原告が損害賠償を求めた事案です。裁判所は、①アセスメント表(利用者の状態や希望などの情報収集した結果をまとめた表)には、寝返り、起き上がり、移乗、歩行についての評価は「自立」であり、歩行、立位、座位でのバランスは「安定」の評価との記載があったこと、②利用者、本件施設の見学や利用の際にも一人で歩行しており、その際転倒したことはないこと、③日常的に通院していた病院の診療録をみても、利用者は、最後に入院していた時も転倒・転落歴や歩行時のふらつきもなかったことから、歩行能力において特に問題はなく、階段の昇降を含め、歩行時に介助を必要とする状況にはなかったと認定し、施設側は、利用者が転倒することを予見するのは不可能だったと認定しました。
さて、この両者の判決の違いのポイントは何なのでしょうか?
予見可能性と予見義務
2つの判例を比較していただいてわかる通り、それは、事業者や介護職員に転倒事故が発生する可能性があると予め認識できたかどうか又は、認識すべきであったかどうかがポイントとなります。
これを予見可能性・予見義務と言います。
結果回避可能性と結果回避義務
仮に転倒事故が生じるべく予見可能性を認識していたとして、次に転倒事故の結果を回避する可能性や義務のために適切な措置を講じていたかどうかが問題となります。
この場合、予見可能性や義務があるにもかかわらず適切な結果回避義務を怠っていたなら、過失ありとなるでしょう!
また、結果回避義務のために適切な措置を講じていたのにも関わらず、事故が起こってしまった場合や事故の予見可能性が極めて少ない場合には、過失なしとなると思われます。
予見可能性の判断基準
裁判所が、その予見可能性やその程度を判断するにあたって、以下のような要素を総合的に検討して結論を導いているようです。
- 利用者の年齢、性別
- 利用者の要介護度、身体動作の能力
- 利用者が疾患(精神と身体のいずれをも含む)を抱えている場合にはその症状
- 利用者の経歴や普段の行動
- ①~④について事業者側に与えられた情報の内容
- 転倒した場所の状況や属性(転倒しやすい状況にあるかどうか)
- 実際に転倒した時の動作や状況(利用者が転倒しやすい動作をしていたかどうか、職員の配置状況や行動、転倒防止措置の内容など)
また、事故の結果に利用者自体の素因(身体的素因や行動素因)が絡み、複合的な原因で事故が起こった際などは、利用者側の過失も考えられ、場合によって過失相殺という決着もあり得るかと思います。
いずれにしても、良く損害保険の世界では、「ヒヤリハットの法則」というように、重大な事故の裏には、その10倍近くの軽微なミスや事故未遂が隠れているといいます。(ひやりとする事故未遂やはっとする事故未遂)
介護現場という非常に注意を要する現場においては、介護士だけの注意だけでは事故を防ぐことは出来ませんので、事業者自ら事故防止の措置を講じることが必要かと思います。
措置を講じた上でなお、リスクの転嫁をということであれば、介護事業者向けの損害保険がございますので、ご検討ください。決して補償の内容に比べ、高い保険料ではないと思います。











