墓じまいと離檀料について

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お寺の画像

今あるお墓を廃止して、お骨を新たなお墓に引っ越すことを「墓じまい」あるいは、「改葬」といいます。

近年、次のような理由で「墓じまい」をする人が増えています。

  • 遠方にお墓があり、墓参ができず心苦しい
  • 高齢のため体の自由がきかずお墓参りができなく心理的に負担となっている
  • お墓の維持管理等経済的な理由で、永代供養としたい
  • お墓を継承する子供がいないのでお墓を処分したい

公共霊園や民営霊園でない限り、お墓を引っ越すということは、お寺の檀家から離脱することになり、これを「離檀」といいます。

近年、離檀に伴いお寺側から檀家に対し数百万円以上もの高額な「離檀料」を請求される例が増えています。

お寺側としては、遺族が墓参りに来ないときでも、寺は毎日供養をしたり年忌法要、月命日にも読経を上げるなどを寺が自主的に行っており、法的な性質は別として名目は、「檀徒加入契約」の解除に伴う、金銭債権を前提としているようです。

勿論、通常「檀徒」であるために「檀徒加入契約」なるものの締結をすることはなく、離檀料を支払うべき、法的な根拠は何もなく、離檀に伴い必要な費用としては、「閉眼供養のお布施」、「墓石処分費・墓地原状回復費用」ぐらいであると思われます。

ただし、お墓の「改葬」の許可権者は、市区町村長となりますが、改葬許可申請には、現在のお墓の管理者(お寺)の署名・捺印が必要となるため、「離檀料」を支払わない限り、署名・捺印もしないと言われれば、墓じまいが実現しないこととなります。

法的な根拠がないとはいえ、現在まで先祖のお墓を管理していただいたという感謝の念と丁寧な事情説明をすることにより、争いが避けられることと思われます。

ところでこの「檀家」という制度がいつ頃始まり何故現在の姿になったのか?ということに疑問が湧き、調べてみることにいたしました。

檀家の歴史

檀家とは檀越(だんおつ)の家という意味であり、檀越とは梵語(サンスクリット語)のダーナパティ(danapati)の音写であり、寺や僧を援助する庇護者の意味との事です。

そもそも、インドで始まった仏教は、大陸に広がり、飛鳥時代に海を越えて時の有力者である氏族(蘇我氏や秦氏)によって寺院が建立され、仏教が保護されました。

初期の仏教は、有力者や権力者の庇護のもとに発展し、お寺の檀家とは有力一族のみで、一族のためだけに葬祭供養が行われていたようです。

やがて有力者の庇護の元に発展してきた仏教も独自に荘園を持つようになり、お布施などに頼ることなく荘園収入で自活できるまでに強大になっていきます。

しかし、京都で起こった「応仁の乱」をきっかけに荘園制度が崩壊していき、社会的基盤が変化していくに伴い、仏教は徐々に権力者のための仏教から一般民衆のための仏教が発展していくことになります。

織田信長時代に、仏教勢力は本願寺や延暦寺の焼き討ちにあるようにその力を削がれ、江戸時代へと続きます。

江戸時代になると江戸幕府により「キリシタン禁教令」などの宗教統制政策社会基盤の強化のために「お寺」が利用されることになります。

寺請制度」により、キリシタンに仏教徒となる義務付けをし、改宗した証拠として、寺の檀家に所属させ、檀家である証拠に寺請証文なるものを書かせたそうです。加えて寺に監視機能も持たせたそうです。

時代は下り、寺請を受けられないとは、キリシタンのレッテルを貼られたり、無宿人として社会権利の一切を否定されることに繋がり、また、後に仏教の中でも江戸幕府に従う事を拒否した不施不受派も寺請制度から外され、信徒は仏教徒でありながら弾圧の対象となったそうです。

加えて1631年に幕府による「新寺建立禁止令」と合わさり、寺は「檀家」を強く固定化し、権限も強化されていきます。

檀家は、経済的支援を強いられ、寺院伽羅新築・改築費用、講金・祠堂金・本山上納金など、様々な名目で経済的負担を背負い、1687年の幕法は、檀家の責務を明示し、檀那寺への参詣や年忌法要のほか、寺への付け届けも義務とされていました。

1700年頃には寺院側も檀家に対してその責務を説くようになり、常時の参詣、年忌命日法要の施行、祖師忌・釈迦の誕生日・釈迦涅槃日・盆・春秋の彼岸の寺参り(墓参り)を挙げています。

強力な幕府の後押しと共に仏教の腐敗化も批判されるようになり、本来の仏教の教えは形がい化し、「」「祖先崇拝」の側面が先鋭化し、いわゆる「葬式仏教」に陥ったようです。

明治時代が始まると、「寺請制度」は廃止され、宗教の自由が保障されると「廃仏毀釈」が行われるようになりましたが、「檀家制度」が生み出した「葬式仏教」としての年忌法要・年中行事は現在でも日本人の宗教観や生活に綿密に関係して現在まで続いています。

時代の流れとともに不合理な部分も出てきてはいますが、良くも悪くも「仏教」の歴史は、我々「行政書士制度」に比べてその歴史も長く、仏教から切り離した「葬式仏教」は、現在の日本人の宗教観そのものだと思います。

僕個人としては、ご先祖様を思う気持ちに寄り添った制度であると思いますのでこれからも支持をしていきたいと思いますが、社会環境の変化とともに「墓じまい」は、避けることのできない世の流れだと思っています。

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