従業員が起こした事故の損害を従業員に負担させることの是非について

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先日、業務中Aさんが社用車を使用して、Aさんの過失で事故を起こしてしまいました。

事故の内容は、相手の車の対物賠償(修理費)におよそ20万円、社用車の修理代に80万程度かかるとの事です。

Aさんの勤務する会社からは、対物賠償のうち保険で充当しきれない免責金額分と車両保険に未加入でしたので、修理費80万円のうちの40%程度を負担して欲しいとの請求がありました。勿論、Aさんの不注意で起こった事故ですから加害者本人は、Aさんになる訳です。Aさんの勤務先の会社としても給与債務よりも上回る修理費を回収するために給与債務から相殺して弁償金に充当することも辞さないといった勢いです。

果たして、Aさんは会社の要望通り、弁償をしなければならないのでしょうか?

どんな人であってもミスをすることはあります。労働者もミスをして会社に損害を与えてしまうことがあります。そのような場合に、会社は労働者に対し損害について賠償させることができるのでしょうか?

答えは、一般的には会社は労働者に対し損害賠償の請求をすることはできません。

損害の公平な分担

裁判所の考え方は、労働者も人間である以上、仕事上のミスがあり、軽微な損害が発生することは避けがたい一方で、使用者は事業によって経済的利益を受けているので、事業に伴う損害も使用者が負担すべきという観点で、労働者の責任をかなり限定的に捉えています。

つまり、労働者を使用することで利益を得ているにも関わらず、損害については負担しないというのは損害の公平な分担という見地からは、使用者にとってのみ有利であるとみなされます。

最高裁判所の判例は次の通りとなります。

「使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである」(最高裁判所昭和51年7月8日判決)

判例によると、信義則上相当と認められる限度であれば、請求をすることができるとあります。

では、信義則上相当な限度とは、どの程度のものを言うのでしょうか?

例えば、労働者が、会社の備品を盗んだとか、会社のお金を横領したというような意図的に損害を与えるようなケースは、労働者が業務を行う際に生じた損害ではなく、犯罪行為により損害を与えたのですから、全ての損害を賠償させることができます。

しかし、業務を行うにあたってのミスで損害を与えたような場合、例えば、相談のような交通事故や、機械の操作ミスによって機械を壊してしまったケース、会社の備品を外出先で失くしてしまったケース等では、労働者への賠償請求は認められないか、非常に限定された部分のみしか認められません。
 

 また、労働者が重過失によって会社に損害を与えた場合には、賠償が認められる割合は大きくなりますが、せいぜい損害の50%程度が最大でしょう。なお、「重過失」というのは、法律上の用語で、過失(ミス)の程度が重いことであって、結果が重い軽いとは関係ありません。例えば、過失の程度が重いとは、法令に違反するような飲酒運転の事故などです。

給与天引き

ではAさんの勤務先のように従業員の給与から弁償金を天引きや相殺をすることは許されるのでしょうか?

こちらも天引きは出来ません。

労働基準法第24条は賃金の支払いについて、①通貨払いの原則、②直接払いの原則、③全額払いの原則、④毎月1回以上払いの原則、⑤一定期日払いの原則、を定めています。  

 給与からの天引きは、③全額払いの原則に反することになります。

最高裁判所の判例では、給与からの天引きについて、労働者がその自由な意思に基づき天引きに同意した場合において、その同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときには、天引きは認められると述べています(最高裁判所平成2年11月26日判決)。  

但し、労働者が天引きに応じざるを得なかったとして、自由意思ではないと判断されることが多いので、同意があれば大丈夫と楽観的に考えるべきではありません。

 

Aさんの勤務先の様な措置をしている会社も世の中には数多く存在しているのかもしれません。しかし、そのような会社は違法行為を行っているわけですから、考えを改めない限りいずれは社会からしっぺ返しを食らう事になるかと思います。

認識してください。

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